• Kiyoko

「今の私」の始まりは・・・

こんにちは~🌞

『香油瑜伽』

アリゾナのKiyokoです☆彡

昨晩は 早々10時にはディープに寝落ち! 今朝、旦那様と長女が出発する 6時代には どうにもこうにも 目覚める事出来ず(汗)

自然と 「気持ちの良い目覚め」 を 待つこと朝7時半 (まさかの9時間睡眠っ!)

太陽が昇る頃に すっかり軽くなった体と共に 活動開始です。

今朝のアリゾナの夜明け🌄

久々のディープな熟睡の理由はね

昨晩、 最近の寒さで 懲りっこりになっている 首、肩、背中を・・・

なんと!

反抗期まっさかりの

末っ子「キャンディ」が

自ら、 「マッサージしてあげる♡」

と ディップブルークリーム片手にやって来て、 なんとも ちょ~~~~~~~ 最高なマッサージを施してくれたんです!

ほんっとに、気持ち良過ぎて、 気持ち悪くなるほど 凝り固まっていた 肩と背中が すご~く 楽になって、メイク落としも、 歯磨きもせずに寝落ち。

そのまま・・・

気がつけば 隣の旦那様は

御出勤されていました(笑)

さてさてさて・・・

今日は久々の長文となる事 あらかじめ、お知らせしておきます。

続けて読んで下さっている方には 過去ログ

その☝、末っ子キャンディの 「特別な誕生日の意味」から、

「セドナでの奇跡」

で、さんざんじらした

私の言いたい事。

いよいよ明日

「子宮摘出手術」

を 控えた今日、 思う存分 語らせて頂きます。

~~~~~~~~~~~~~~~

これまた、 過去ログでも 何度となく、 私自身の子宮筋腫の問題を それが何故起きたのかとか それと向き合う経過とか 自分なりのお試し実験等

様々 お伝えして来たのですが。

つくづく、

「女性にとっての子宮の意味」

や、

「人間にとってある物が無くなる意味」

更には、

「人々が現実に捕らわれる理由」等

を 色々な視点で 色々と考えさせられ 色々と気づく事が出来ました。

正直に言います。

明日の手術に 私は99、9%、楽しみと希望を抱え、 0、1%の 覚悟を持っています。

不安は本当に・・・ 今のところ、一切ありません。

楽しみな理由は 勿論、 今まで抱えていた 様々な「不便さ」からかの解放が大きく、 更には 新しい体と心の変化への楽しみ (本当に楽しみだけです♡)

更には・・・ 過去経験のある

「全身麻酔」

これが・・・

私の好きな感覚(ギョギョ?)

体験した事がある方は 分るかしら~

あの、なんとも言えない 不思議な浮遊感からの 夢とも現実とも区別がつかなく、 ただただ、「感覚の無い体」と 「目覚めた意識」との同調が

まるで、 自分がこの世に存在していて していないような感覚・・・・

おそらく、 そんな感覚が 怖いと感じる方が 多いのかもしれないのですが・・・

私、

すごく あれが好きなんです(汗) (変態ですかね(笑))

そして、 覚悟。

それは どんな簡単なオペであろうと どんな完璧な医療であろうと

そこには 必ず

「リスク」が伴う

と、言う事です。 完璧な状態で 麻酔をしたって

そこには 本当に希少な確率で

「目覚めない」

と 言う可能性があります。

手術が成功とか、 失敗とか、

そこは もはや 不安など無く、

失敗したら その時また それなりの対処を 考えるのみですから。 (不安はただの妄想ですから そんな意味の無い事は抱えません)

でも、 目覚めない場合、 今日が私の 「今の意識の最後の時」 と なる訳で

勿論、 普段から言っている

「人間死ぬのが唯一の事実」 「明日があるとは限らない」

の 思考で言えば 別に手術ではなくても 明日、5分後、いつ何時 目覚めないかもしれない。

のが 本当の事実です。

ただ、 「今の時間の使い方」

と して、 その「今の気持ち」を 有効活用するだけの話で

「もし、術後目覚めなかったら」

の 覚悟は0、1%持っている。

と 言う事です。✌

「明日があるとは限らない」 「今日が最後だと思って生きる」

これを私が言う度に 人々からの様々な反応があります。

勿論、それは

「今のその人の状況と感情」 によって その事実を認められる時、人と そうでない時、人がいるだけです。

私自身だって・・・

事実、刻一刻と いつもそう思っているかと言えば

「いいえ」

です(;^_^A

でも。 こんなにも それが私の意識に根付いた理由は・・・

「今ある物が当たり前ではない」 「今ある暮らしが当たり前ではい」 「今居る人が当たり前ではない」 「今ある命が当たり前ではない」

「当たり前など存在しない」

と 心底思える様になった 経緯があります。

それこそが・・・

末女キャンディの出産。

それは 私にとって 人生で一番辛い出来事だったと 言える時期なのです。

とは、言え・・・

私感覚での

「俗に言われる生死の間」

赤ちゃんや母体が 生死を彷徨う、とか 死の淵で生還、とか 過酷な状況、環境での出産。

とは 全然程遠い

見た目では 全く 問題の無い、 ただた 喜ばしい出産でした。

でも、 出産を控えた一ヶ月前から 無事出産を終え、 可愛くて、愛おしくて、 たまらない赤ちゃんを 抱いた瞬間でさえも

不安と後悔と恐怖で 涙が止まらなかった

「あの瞬間があった」事を

敢えて私は 忘れようとしない のだと 知っています。

何故なら

「家族への感謝を 一生 忘れたくないから」

「自分の存在価値を 自分自身で認めたいから」

「自分で選択する人生を 送りたいから」

あ、 勿論 価値観、世界観は 本当に人それぞれ、

あくまでも 「今の私がこれを有効活用している」

だけの事だし、 決して

「辛い思い出」 を 自分への戒めの様に 忘れずに握りしめている とは 違うのであしからず(笑)

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これまで、 ちょいちょい

コジマン(小自慢) の様に語っている 私達夫婦。

私にとって 【当時の人生観の私】に 「私が魂から感じる愛」

を 教えてくれたのが 彼でした。

そんな私が・・・ 何年もかけて

「運命の出会い」

を 信じ込み、

「愛の絆は永遠」

だと 勘違いし、

「夫婦」や「家族」

と 言う名目に甘え、

気づかぬうちに 彼の心を蝕んでしまったのです。

そんな事には 全く気付かぬ私が 末女を身籠っていた 臨月に・・・

ある日突然 しずか~~~~に

「三行半」(みくだりはん) (若い方は分るかしら(汗)

「離婚話」

が下されたのです。

前夜前日に 喧嘩をした訳でもなく 倦怠期や 疎遠な感覚も一ミリも 無かった私にとって

それは 正に

「青天の霹靂」

これから 新しい家族を迎え、 新しい暮らしが始まると言う

本当に楽しい未来が 待っていると思いきや・・・

「もう、君とは無理」

と 言われるこの驚愕!!!

冗談としか思えず、 笑から始まった程です。

それでも・・・

言葉少なに 穏やかに 「I’m sorry」 を 繰り返す彼

本気なの? と 半信半疑に 何度も何度も 聞き直して・・・

何があったのか どれだけ聞いても

理由はただ一つ

「君とは無理」

その日から、

「君とは無理」 の意味と理由を

沢山、沢山、話し合いました。

「他に好きな人が出来たの?」 「私の事が嫌いになったの?」 「この家族が要らなくなったの?」 「あなたうつ病なんじゃな~~~い?!?!」

全ての答えが

「NO]です。

いーみーーーがーーー分からないっ!

今お会いする方、 皆さんに私は言っています。

「昔の私は 今とは別人でしたから」Ω\ζ°)チーン

そんな当時の私が 打ちのめされる様に 気づかされた

「理由などない。 【私】と一緒の暮らしが無理」

完全に・・・

今私が言う

「理由や意味などなく ただ【貴方】と一緒に居たい💖」 と感じる人と 結婚するべき

の、 反対バージョンです(涙・涙・涙)

そう、 それこそが

「人の存在価値」

居てくれるだけでいい人と

居るだけで悪い人。

勿論!!! 後者「居るだけで悪い人」 等、この世に存在しません。

でも、 「その人の存在が 誰かの心を脅かす」

事が 誰かにとっての その人の存在が悪い物

に なってしまうと言う

そう、 本当は「その人」側の心の問題なのです。

「彼の心の問題」

でも、 当時の私は ただただ、

「自分の存在価値を全否定」

されたと思い込み それはそれは 打ちのめされ 深い深い闇の中へと沈んで行きました。

唯一、 私に本当の愛を 教えてくれた人に 私の存在全否定・・・

立ち直れないΩ\ζ°)チーン