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  • 執筆者の写真Kiyoko

実家訪問は「気づき」の宝庫

おはようございます~🌄

ホリデーシーズン、

イベント続き、移動続きで

しばらくの目標「毎日のブログ更新」

はままならない状態ですが・・・

その分「ネタ」は満載ですっ☺

この度は

クリスマスに旦那の母方家族を訪問。

アリゾナから1000マイル(約1600キロ)の距離をドライブして

(距離感分かりずらい方に、 どうやら 東京から沖縄位らしいですΣ(・□・;))

テキサス州へと言って参りました。

アメリカに住むと(他の国でもそうですが)

クリスチャンの方達にとっての

「クリスマスの意味」

「クリスマスの重要性」

は つくづく思い知らされます。

それこそ我が家は「自由」がモットー

全ての宗教に敬意を持ち、

でも 信じるものは個人で選ぶべきもの

と言う信念の下

子供達にも 徳に何も伝えてはいません。

それでも

私がクリスチャンが多くを占めるアメリカで

つくづく感じるのは

「愛の深さ」です。

何よりも『家族愛』

家族を一番に考える教えは

昔 旦那様に会った時に

稲妻に打たれる程の衝撃だった事を覚えています。

我が旦那を見れば

どの様に育ったかが本当に分かる程

旦那のご両親はとても素敵な方達。

早くから離別しているはものの、

両親共

旦那と

そしてその家族(私達)を

心から愛し、慈しんでくれています。

そんな彼ら(義両親)が

一年で一番大切なクリスマスに

私達家族にどれだけ会いたいか

家族揃って過ごせるクリスマスに

どれ程の意味がある事か・・・

我が子が育ち、

今でこそ まだ子供達は家に居るけれど

周りの成人したお子様を持つ家族や

長女の年齢や 暮らしを見ていれば

「家族揃ってクリスマスや特別な日を過ごす事が

当たり前では無い日がやってくるかも」

が 実感出来る様になって初めて

『訪れる立場』

『迎える立場』

を純粋に考えられる様になりました。

余談:

因みに「クリスマスには サンタさんが

哀願したプレゼントを一つだけ持ってきてくれる」

私の『クリスマスプレゼントの概念』

とは 全く異なるアメリカの

クリスマスプレゼント事情。

どこの家も

クリスマスプレゼントの数には

驚かされるばかりです。

ツリーの下のプレゼントは

ぜ〜んぶ我が娘3姉妹への贈り物です😱

とは言え、

結局 国も時代も関係無いのでしょう。

「姑、小姑」とは

決して心から『会いたくてたまらない~💖』

と言う存在ではありませんでした。

でも

その背景には

私自身が

「良い嫁であるべき」

「私を認めてもらいたい」

更には

「旦那や 子供達にとって

実母よりも祖母よりも

妻である 母である私が一番の存在でありたい」

と言う

『自分の価値を

自分で認めてあげられないが故の

他者から認めてもらいたい願望』

【自信の無さ】

が、大きく大きく関係していたのです。

勿論それは

実親にも求めていた事に変わりはありません。

つい数年前までの私は

本当に沢山の

「こうでなくてはいけない」

「しなくちゃいけない」

そして

出来たら・・・

「褒められたい、認められたい」

にがんじがらめだったのです。

これらは

全ての人間の「当たり前の感情と欲求」でしょう。

子供が親に褒められたくて

認められたくて

でも

その多感な時期に

たっぷり たっぷり

褒めてもらえなければ

それは大なり小なり

トラウマとなり

大人になって社会に出て、

家族をもって、子供を育てても

『自分の価値』

を とても低く感じてしまうのです。

私も例外では無く

子供を持ったからこそ尚更

実母に認めてもらいたい、

姑に認めてもらいたい、

「良い母だと」

「良い妻だと」

「良くできたと」

「あなたは素晴らしい」

そんな気持ちで

実家に行っても

義家族に会っても

ストレスにならない訳が無いのです。

良い妻、良い母、素晴らしい人間

と《思われる為》に

「しなくちゃいけない事、

こうあるべき事」

だらけなのですからっ!Σ(・□・;)

そんなストレスを抱えて会った所で

自分は勿論の事、

子供達も

家族も 楽しい訳が無いのです😢

ましてや

それが原因で足が遠のく事は間違いありません。

それは祖父母にとっても

勿論誰にとっても

良い事にはならないのに・・・

祖父母は

ただただ

孫が可愛いから会いたいし、

実は私だって子供

母にとってはいつまでも子供

姑にとっての旦那だっていつまでも

可愛い可愛い子供です。

会いたい気持ちは

どんな時でも変わらないに違いありません。

数年に一度しか来ない孫達の為に

家の所々にとってある「何か」

だからこそ

子供である私達が

気遣いするより

甘えるほうが

どれだけ彼らにとって『喜ばしい事』か

気遣いしながら

「親孝行しなければ」と気負うより

親の前では子供になって

心配かけて

迷惑かけて

泣いて 怒って

我儘言って

「だって 貴方だけが

世界でたった一人の私の母(父)だから

一生甘えさせて下さい」

「ママが、パパが 大好きだから!!!」

って

何があっても

最後には笑って抱きしめ合う

ただそれだけでいいんだと

そう気づいた今、

今回の義母宅訪問は

120% 楽しい時間を持てた事は

間違いありません!!!

孫を甘やかし放題、

我が息子を構い放題の義母に

反対・対抗するのではなく

「私も甘えさせて~」

と 心から言えて、

朝から晩まで

忙しそうに

でも 嬉しそうに

食事の支度、私達の洗濯から散らかした後片付けまでしてくれて

「手伝いましょうか?」

と言っても

「いいのいいの ゆっくりしてなさい」

の言葉をそのまま受け入れ

「天国みたいで嬉しい〜❣️

Thank you so much 🙏🏻」

と ぐうたらさせて頂き

おまけに

「ママのケーキが食べたいの😍」

と 私のだ〜い好きな義母自慢のケーキも

おねだりしてわざわざ作ってもらって😆

ず~っと動いている義母を見ながら

「私も将来、こんな風に娘家族を迎えたいなぁ~💖」

心から

『親の愛の深さ』

に 感謝出来る自分に気づき

昔の様に

『義務感で帰省』するのではなく

『誰かの為に帰省』するのではなく

姑の家であろうと

実母の家であろうと

「私が行きたいっ

私が 彼らに会いに行きたいっ」

と 純粋に思える自分を誇らしく思えたこの度の帰省。

改めて

「私が自分自身を認めているから

周りから認めて欲しいと言う欲求が無くなったんだ」

「しなくちゃいけない&こうあるべき

の 固い鎖が外されたんだ~」

と 気づいたのでした✰

私の目指す

母の在るべき姿

妻の在るべき姿と同じように

「出来た嫁」

では無く

「笑顔の絶えない嫁」

になれれば

大切な息子を手放した義母も

きっと何より嬉しいのではないかと

私だったら思うから😊

ほんの数日の滞在でも

濃い時間を共に笑いながら過ごし、

最後に涙ぐみながら見送ってくれる義母達。

いつまでも元気でいる事が当たり前では無いからこそ

「会える時に

会いたい人と

出来る時に

出来る事を

言える時に

言わなくちゃ・・・」

「I love you💖」

皆さまも

笑顔で良い年末お過ごし下さいませ✰

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